同盟について勉強しました

勉強をしました。20世紀になると列強が植民地や勢力圏をさらに拡大しようと、競争と対立を激化させました。ドイツでは皇帝ヴィルヘルム2世が積極的な外交政策をとり、オスマン帝国からバグダード鉄道の敷設権を獲得して、ベルリン・イスタンブル・バグダードを結ぶ3B政策をすすめました。これによりイギリスの3C政策に対抗し、ドイツは海軍力の増強とともにイギリスの世界帝国をおびやかすことになりました。このためイギリスはそれまでの孤立外交をやめ、1902年には日英同盟を結びました。さらに、1904年に日露戦争が勃発するとフランスとの間でアフリカでの勢力圏を調整しました。さらに日露戦争後には、ロシアともイランやチベットなどでの利害の調整をはかり、1907年に英露協商を成立させました。こうしてイギリス・フランス・ロシアによる三国協商が成立し、ドイツを中心として1882年に成立していた三国同盟との対立が強まりました。ロシアとフランスはドイツに対抗して、すでに1891年に露仏同盟を結び、政治協定から軍事協定に発展させていました。いぶきの実